ただ、地元枠を設けても確実に残ってもらえる保証はない。岩手医大は私立だが、地元枠合格者は卒業までの学費のうち、国立大学の入学金と授業料に相当する額を負担すればいいことにし、差額の1人当たり約4000万円は県が負担している。その代わり、卒業後には県内の公立病院での勤務を義務付けている。県外に出れば、負担金を返還してもらう約束だ。
一般に、入試における地元枠を増やすことは、地域に出向する医師数の確保につながるかのように思われている。が、果たしてそうだろうか。
「地元枠」の導入は、大学側の積極的な意図と言うよりも、むしろ地方の医師不足に対して、「大学が医師を送ってくれない」という批判をかわすために導入が決まっているようなものではないか、と思う。
「オレに逆らうなら北海道で医者が出来ないようにしてやる!」という教授の一言が通用したのは遙か昔の話である。そういう強権的な教授がいた頃はまだ「地方に飛ばす」という必殺技が出たのだが、いまはどこの教授も「本人がイヤだといっているものを、無理に地方に行かせるわけにはいかないよねえ」という具合だ。本人の意志にそぐわないのにに勤務に就かせ、問題を起こされる方が、組織にとってはよほどダメージが大きい。
従って、「医局ではなく、大学全体としての窓口が地方への医師派遣を斡旋する」という話になってきた。「いや、これは大学の窓口が決めたことだから」という形にした方が、大義名分が立ちやすいと言うことだ。
私自身、地方出身の医学生である。出身地のA市は、今や2万人を切るくらいに人口が減り、市立病院の産科婦人科、小児科外来は既に閉鎖されてしまった。眼科や耳鼻科といった診療科は、週に2回ほど大学から外来の医師が派遣されてくるだけである。慢性的な医師不足に悩まされているA市は、新臨床研修制度に伴い、破格の給与で新卒の医師を募集することにしている。
本来ならば、私のような学生こそ、地元に戻って医者をすればいい、というのだろう。
だが、私の初期研修希望病院リストに、地元のA市立病院は入っていない。正直、産科や小児科、精神科といった新制度では「必修」とされている科のローテートが、事実上そこでは研修できないことになる。十数キロ離れた、他の市の病院へ出向して研修を受けなくてはならないのだ。
また、医師数が少ない、ということは、必然的に新卒の研修医に対する負担がかなりきつくなる、ということだ。おそらく一年目から一般外来を担当することになる。困ったことがあっても、相談できる上級医をすぐに見つけることが出来るだろうか?ちょっと前「マニュアル片手に手術をしていた」といって叩かれた先生方がおられたが、下手すると毎日マニュアル片手に診療する事があるかも知れない。
私はA市が、今までどんなに無計画な財政を行い、若者に対しどんな仕打ちをしてきたか、よく知っている。その時点で既に大減点なのだが、全く長期ビジョンを考えずに、「カネさえ出せば何とかなるだろう」式の発想がミエミエで、私は戻る気にならないのだ。
はっきり言って、A市で研修を行った研修医のほとんどは、2年の期間終了後すぐに大学病院なり、他の病院に転勤することになるだろうと思う。そのための「資金作り」と割り切っている方が多いと思うのだ。
だが、それは地域医療に於いて最も重要な要素の一つである、「継続性」という概念からは、大きくかけ離れている。
6年生になった今としては、私も「思い切って地方に行ってみようか」という気がしている。だが、数年前までは、(医学部以外の)都会の大学を卒業して、都会の企業に就職する高校時代の同級生たちを見て、「なんで他人より多くの犠牲を払った俺が、必ず田舎へ行かにゃいかんのか」という羨望の気持ちがあった。
すぐに偏差値云々を持ち出すのはヒンシュクを買うが、「同じだけの学力があれば、他の大学の理学部にも入れたはずだ。こんな足し算かけ算しか使わないようなイカサマ科学じゃなくて、もっとまともなサイエンスを学べたはずなのになあ」という葛藤を経て、今の私があることも事実である。
一度大海に出た鮭たちは、どんな気持ちで川を上っていくのだろう。
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数年前、(準)看護師の「お礼奉公」がずいぶんマスコミに叩かれた事がある。主に医師会立の准看護学校で、学校側から半ば強制的に支給された「奨学金」を盾に、卒業生が無理矢理系列病院で働かせる、という話だった。
医学部「地方枠」の導入にしても、やっていることは同じだろう、と思うのは私の杞憂だろうか。
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