Thursday, October 07, 2004

わからないことだらけだ

 昔、金曜ロードショーには3ヶ月に一本の割合で「刑事コロンボ」が登場したものだ。コロンボ警部はたいていこういう風に犯人を追いつめて行く。
 「実はね、現場とホトケさんをちょっと調べてみたんですが、それがわからないことだらけでして。」
 倒叙ものである「刑事コロンボ」では、犯人が殺人を「自然な死」に見せるように小細工したりするのだが、我らがコロンボ警部にはちゃんとそれが「わからないこと」に見えるのである。


 昔、ある基礎医学の教授から言われたことがある。

 「医学なんて、わからないことだらけなんだから、研究する価値があるし、面白いんだ。」


 確かに、わかっていることよりも、わからないことの方が圧倒的に多い。

 わからないことを明らかにしようと言うのも「医学」だが、わからないことはわからないなりに、今生きている人間を何とかしようと言うのも「医学」である。

 たとえば抗生物質であるエリスロマイシンが、細菌感染が本態ではないDPB(びまん性汎細気管支炎)になぜ効くのか、ということは長い間謎だったし、ASO(閉塞性動脈硬化症)は何でタバコを吸っている人に多く起こるのか、ということについても明確な説明は未だ与えられていない。

 しかし、DPBの患者にエリスロマイシンを投与すれば、長期予後は大きく改善するということ、そしてASO患者には禁煙させた方が予後が良い(最新のHarrison'sによると必ずしもそんなことはないらしいが国家試験的には「禁煙指導」だ)ということがわかっている。

 究極的に言えば、人間の体なんかまだまだブラックボックスで、いくら整然とした理論が与えられたところで、「ある治療」に対して本当に「ある反応」が起こるかどうかは、多数の「人柱」を使って確かめなければならない。

 「人柱」といえば人聞きが悪いので、上品な言葉でこれをEBMと呼んでいる。


 ちょっと前、利根川進先生がNHKの番組で「サイエンスに頭の良し悪しなんかあんまり関係ない。大事なのは『どういう問いを立てるか』だ」という事をおっしゃっていた。

 私は今まで、意図して人の考えない問いを立ててきたつもりだった。答えの出ない問題は、「考え続けるところに価値がある」が信条だった。

 今でも十分「わからないこと」だらけだ。

 しかし、最近ある考えにとらわれてもきている。それは、「賢い奴は、答えの出ない問いなんか、最初っから立てないのではないのか?」ということだ。答えが出る問題か、それともでない問題かをかぎ分ける嗅覚のある人間こそ、「賢い」のではないのか?

 だとしたら、私は相当「愚かな」人間であったことになる。

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 わからないことは、わからないなりに、「やってはいけないこと」に大きな×をつけ、「まあやってもいいこと」に△をつけ、「普通やっている」事に○をつけるのが国家試験である。

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