Saturday, October 30, 2004

いま、「民間防衛」を読む

 地震やテロといった大災害が起こると、必ず売れる本にスイス政府編「民間防衛」がある。スイスでは一家庭につき一冊ずつ無償配布されている本だが、日本で同じことをやったらおそらく大騒ぎになるだろう。というのは、邦訳版の表題に「あらゆる危険から身を守る」とあるものの、その中身をよく読むと、実は「あらゆる危険からを守る」であって、スイスほどの軍事国家(国民皆兵制度は有名で、すぐに動員できるよう成人男子の家には必ず自動小銃と実弾が備えてある)でも、危急の場合には国が必ずしも個人を守りきれないこともあるのだ、ということがよく分かるからである。

 「民間防衛」はもともと、永世中立というスイスの理想を実現するため、他国による侵略戦争から生き延びることを念頭に置いている。私が凄いと思うのは、「戦争に入る前のことも当然ながら、戦争に●●●場合のことも書いてある」ということだ。「●●●」には何が入るかは、あとで書く。しばし考えてみてほしい。


 さて、「民間防衛」は非常事態に対し、日頃からどういった蓄えをしておくべきか、という点については実に優れた教科書である。家族一人あたりに対し、水は何リットル、小麦粉はこれだけ、米はこれだけ、食用脂肪はこれだけのものを、こういった場所に蓄えておきなさい、ということについて、実に懇切丁寧に書いてある。その意味では、大地震のような状況に備える日本人にも、大いに参考になるだろう。


 だが、この本には特に目を引く項目が2つある。

 一つ目は「スイスが侵略を受ける場合」について書かれたページである。「民間防衛」では、これについて次の二つを想定している。

 すなわち、「敵は我が領内を(進撃路として)通過しようとしている」か「敵は我が領土を併合しようとしている」かのいずれかであり、前者に対しては「敵はその道が時間を要すると知れば、他のルートを考えるだろう」後者に対しては、「敵はその試みが非常に高くつくと知れば、あきらめざるを得ないだろう」と説いている。現代戦において、あまりに長期化する戦争は国内世論、国際世論の双方から支持されないことを計算に入れているのだ。

 日本が戦争に巻き込まれることはないだろう、と考えている方々は、果たして日本が「通過」「併合」のいずれを採っても価値のない土地だと考えておられるのだろうか。「不沈空母」として、ある意味、すでに「併合」されているというのは過言だろうか。


 もう一つは、「怒りを抑えて時を待とう」というページである。これは、敵国の占領下において、相手国の兵士に対する組織化されない攻撃は、犯罪として厳しく(敵国の司直によって)処罰されうる、ということについて述べている。

 そうである。「民間防衛」は、「戦争に負けた」場合についても書いてあるのだ。もちろん、単に敗北主義に走るのではない。

 不幸にしてスイスの首都が陥落しても、脱出に成功した一部の指導者たちが友好国で「亡命政府」を組織すること、国民は表面上相手国の占領政策に同調し、受け入れるがごとく振る舞うべきこと、国外からの援助のもと、密かにスイス政府を復興すべくゲリラ戦が展開されること、そしてその過程で多くの国民に犠牲が生じうることについてまで、言及されているのである。


 私はこの章を読んだとき、心底スイスという国が恐ろしくなった。そして、スイスに戦争を仕掛けようなどと考える指導者は、とんでもない愚か者だ、という感想を持った。おそらく本書を読んだ読者も似たような感想を持つことだろう。ということは、政府による「民間防衛」の出版という事業は、抑止力として立派に国防の一翼を担っているのである。


 翻ってイラクに目を向けてみよう。米軍がバグダッドを占領し、外交権・警察権を掌握し、一見戦争は終わっているかのように見える。しかし、本当はそこからが新たな戦争の「始まり」だったかも知れないのだ。我々のいうテロリストたちは「民間防衛」の手順を忠実に実行しているのかも知れない。それを知る意味でも「民間防衛」は一度読んでおく価値のある本である。

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 果たして、我々の国家においても「主権回復」は水面下で進められているのだろうか。

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