Tuesday, December 19, 2006

患者中心のマジシャンズ・セレクト

またそろそろインフルエンザが流行りそうなシーズンである。

この季節になると救急外来を回していく上で楽なことが一つある。それは、患者の考える鑑別診断が「インフルエンザ」という一点に絞られる、ということだ。
(鑑別診断・・・その症状・所見から考えられる病気のリストのこと。)

マスコミが「タミフル」という魔法の四文字を流してくれるお蔭で、また「早めに病院へ」という至極単純なメッセージを流してくれるお蔭で、外来を訪れる患者さんのアタマの中は「インフルエンザだったらどうしよう、タミフルくれるのかしら」とそれだけになってしまう。

本当は発熱なんて鑑別診断のリストが長ーくなる代表的な症状である。別に熱源がノドとは限らないし、時には胆管炎や肺炎だって合併している可能性があるかもしれない。ところが、まず「じゃ、インフルエンザの抗原検査やってみましょう」なんて長い綿棒を取り出して、鼻の奥に突っ込んであげるだけでこの季節の患者満足度は10%ほどアップする。

本当にインフルエンザだった場合は前述の四文字の出番である。まあ最新版のUpToDateにも「タミフル・リレンザは発症後12~36時間以内の投与が症状緩和に有効である」というエビデンスが重ねられているので、強くおすすめする分にさほど良心は、痛まない。

だけれどちょっと待てよ。どんな薬だって副作用というものがある。日本小児科学会などはほぼ心配ない、と言っているものの、精神症状が出現する場合もある、とまたマスコミが言っているじゃないか。


どんな治療にも、インフォームド・コンセントというものが必要である。また、その治療を行わなかった場合についての代替となる治療法(たとえば、解熱剤・鼻水止めだけでがんばるとか)についても説明しなければならないことになっている。


したがって、そういった説明もしなければならないことにはなっているのだが、おい、外来次5人待ちだぜ。おとなしくタミフル飲むって言ってくださいよ、とこちらが言いたくなることもたまにはある。


説明を丁寧にすることは確かに患者中心の医療にとって必要だが、こちらとしては結論が分かり切っているのになあ、というときに意識しすぎて、墓穴を掘ると言うことがよくある。最近はその呼吸もわかってきたのだが、要は「マジシャンズ・セレクト」ということだ。

検索すればいろいろ出てくるが、「マジシャンズ・セレクト」とは手品師が、相手に「あたかも自分の意志でそれを選んだ」と思わせておいて、その実自分が望む手札をとらせる、といったトリックのことである。

医療にはこのマジシャンズ・セレクトという要素があって、「これだけ説明しました、あなたはどの手段も自由に選択することができました、そしてこういう決断をしました」というお膳立てを作ってはあげるのが通例だ。だが、医療者は「自分がどうしたいのか」ということを明確にわかっていなければならない。

マンナミ先生とかが叩かれながら、そうとうヤバイ仕事に手を染めながらも医者を続けてこれたのも、おそらく「自分が何をしたいか」がよくわかっていたからではないか。まともに「患者中心の医療」を追求して、自分を磨り減らした身からは、そう思うのだ。

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医者は一人の例外なく、悪党である。
間違って善人が医者にならないよう、面接試験という仕組みがある。

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