Sunday, December 26, 2004

日本版「民間防衛」配布へ

弾道ミサイル対策、政府が「サバイバル指南書」作成へ[Yomiuri Online]
 政府は25日、弾道ミサイル攻撃や生物・化学(BC)兵器テロを受けた際の効果的な避難方法を説明するパンフレットを、2007年度に国内の全世帯に配布する方針を固めた。
(中略)
 パンフレットは2部構成とし、国が作る第1部には海外で実際に効果があった避難ノウハウなどのほか、地震や津波など自然災害への対応策を盛り込む。第2部は自治体が作成し、地域事情を踏まえた具体的な緊急避難先などを示す方針だ。

 以前紹介した「民間防衛」だが、同様の物を我が国でも配布するようだ。

 この種のパンフレットを作成する上で、一番困難と思われるのが政治的「中立性」をいかに確保するか、ということだ。一つそこを間違えると、作成の段階で様々な方面から圧力がかかり、結局出版までこぎ着けることができずに終わるだろう。

 一つ例を挙げる。スイス政府編「民間防衛」では、「避難に際して準備すべき物」として、ろうそくや食料、ラジオといった生活用品の他に、堂々と「聖書」を挙げている。これはいかなる事態が起こってもスイスの国教はキリスト教であり、来るべき避難生活において究極的な精神的支柱とすべきである、という思想に基づいている。

 しかし、今年は米国でも「"Merry Xmas"ではなく"Happy Holidays"を用いるべきだ」という議論が持ち上がっているくらいである。およそ宗教に限らずとも、政治的中立性 -political correct- というのは世界がグローバル化し、一つの国家の中に複数の民族が同居するのが当然となった現代において、避けては通れないテーマである。

 しかし、「他国からの攻撃」を想定する以上、パンフレットの方もそこを避けて通るわけにはいかない。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することが前提の憲法の下で、果たして「悪意を持った他者」の存在を政府がどのように表現するのか、その点だけでも今から興味は尽きないのである。

Tuesday, December 21, 2004

病院は善意の客を前提にしている

総合病院で入院患者ら3人死傷[asahi.com - gooニュース]
 浅見容疑者は肝臓がんなどで10月14日に入院、内科治療を受けていた。包丁は以前から病室に持ち込んでいて、調べに対し「助からない病気なのでやけになっていた。普段からベッドをのぞかれていた」などと供述しているという。亡くなった2人は、脳梗塞(こうそく)で今月に入って入院したという。現場は東病棟の3階の8人部屋。通報で駆けつけた同署員が浅見容疑者を取り押さえた。

凶器の包丁、見舞客に依頼し入手か 病院入院患者殺傷[asahi.com - gooニュース]
 この男性は「果物を食べるのに使うので買ってきて欲しいと頼まれた」と話しているという。同庁は、浅見容疑者が事前に犯行を計画した可能性もあるとみて調べている。

 臨床実習に入る前受けた前期OSCEの時のことだが、「医療面接」の講義で、教材となるビデオを供覧した。ビデオのナレーションは言う。「医療面接の現場では、患者のプライバシーが十分守られるよう、配慮しなければなりません」。

 なるほど画面に映っているのは、実に立派な壁で区切られた診察室である。厚い扉がついていて、会話が外に漏れる心配もなさそうだ。

 うちの大学病院を含めて、多くの病院の外来ではせいぜい樹脂板と鉄パイプでできた衝立があるだけで、隣の診察室の会話内容が聞こえてしまうような構造になっているところが、まだまだ多い。

 ビデオ画面の「お手本」は、まるで会社の応接室のように立派な個室だった。そこで医者(役の俳優?)と患者(役の俳優?)が一対一の医療面接をしてみせるのだが、私はそれを見て「ああ、ここでもし患者がオレを殺そうと思ったら、絶対に助からないな」と思ってしまった。


 医療を語る上では、病院に来る客、普通「患者」と呼ばれる人たちは善意の客である、という絶対の仮定がある。つまり、「病気で悩んでいて、その病気を治すという目的を持って病院へやってくる」のが当たり前だ、と考えられている。

 しかし、実際相当数の客が「善意の客」ではない。どうしても労災認定を受けるために診断書を取らなければならない、家族持ちの中年男性。マスコミの目から逃れるために、「過労」の診断で入院し続ける政治家。北朝鮮から帰ってきたものの、先進国の生活にアジャストするまで時間を必要とする老軍曹。勤め先の看板芸人を訴えるため・・・(以下自己規制)。

 「そういった人々を保護する役目も、実は病院にはあるのだ。病気を治すだけが病院の使命ではない」。学部生として受けた最後の講義で、教授はそう言った。


 病院の売店へ行けば、果物ナイフの一本や二本、いくらでも手に入るのが普通だろう。むしろ入院患者が果物や菓子などを取り分けるのに、小さな刃物が要りような時はある。管理責任を問う、ということになれば、病院のチェック体制が甘い、といった批判の仕方があるだろう。だが、普通どんな病院でも、精神病棟でない限りは患者の荷物や見舞い品など、いちいちチェックしない。患者は「善意の客」であるという前提に立つからだ。


 この事件の「反省」がヘンな方へ進んでしまうと、この大いなる前提が崩れてしまうのかも知れない。病院の待合室には「患者様の権利」とともに「患者様の義務」が大きく張り出され、外来では医者の隣にテープレコーダーを構えた弁護士と、ゴツい警備員が立つ。もちろん診察室の中は随時ビデオモニターで集中監理されている。

 そんな時代は、皆にとって不幸だと思うのだが。

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 そろそろ気力を無くしたので筆を置くが、この事件には「凶器が殺人を犯すのではなく、人が犯すのだ」という問題、「死期の差し迫った人間にとって、法による規範は意味を為し得るか?」という根本的な命題が隠れているように思う。

 「少年による残虐な事件が増えているので、少年法を改正すべきだ」と同様、「老人による残虐な事件が増えているので、老人法を創設すべきだ」という持論は、ここら辺にあったりする。

Monday, December 20, 2004

本当にこわい家庭の医学

 たけし師匠のやっている方じゃなくて、Yahoo!の「家庭の医学」がすざまじい。

 試しに「子供の病気」から「麻疹(はしか)」を引いてみよう。なになに、「一般的な治療法」だ?

以下一部引用:
1)発熱
 発熱時のために解熱剤(アセトアミノフェン)が処方されます。
 (体重10kgの場合)
 ・アンヒバ坐薬(100mg) 1個/回
 38.5℃以上の時使用。次の使用まで8時間以上あける

 おいおい、コレさえあれば半分医者できるじゃねえか。

 確かに、別に医者でなくても金さえ出せば「今日の治療指針」を買うことはできる。そう言う意味では、今の時代、薬の処方量なんて秘密でも何でもない。

 先輩諸兄のお話を拝聴すると、おそらく「だったらアンタの方で勝手に処方書いて○ンキ・ホーテで薬買ってこい」と言いたくなる患者様には、この先多く出会うことになるのだろう。下手すると「Yahoo!にはアンヒバって書いてあるのに、何でうちの子供には出してくれないんですか先生!」という患者様がこの先現れないとも限らない。この際ついでにYahoo!の方で「処方箋の偽造法」ってカテゴリ設けてくれれば完璧だ。

 実はそれこそ小児医療を立て直す鍵だったりして。
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 コプリック斑とか永山斑とかチンギス斑とか天津斑とか、もうそろそろ・・・。

Thursday, December 09, 2004

再現問題

 数年前から医師国家試験は完全問題非公開制になった。つまり、試験終了後問題用紙は一枚残らず回収され、決して表に出ることがないのだ。(※1)

 とは言っても、相当記憶力に優れた集団のこと。3つの出版社が懸賞金を出して、試験を終えた受験生からアンケートを採り、再現問題集を作っている。その再現精度はなかなか高いが、レントゲンやCT、心電図といった画像ものは、受験生によって「見る」場所が違うため、3社それなりに再現がバラバラだったりする。それは仕方がないことだ。

 面白いは、かなりいい精度で再現されている(つまり、3社から出版されている再現問題集による文章の相違が少ない)にも関わらず、解答が3社バラバラな問題が相当数存在することだ。これは問題内容と同時に公式解答も発表されなくなったためである。

 出版社はそれなりの人物(当然医師免許を持っている人物)に依頼をして解答を作成するわけで、その解答が割れるというのは、絶対に満点が取りようがない試験であるということを示唆する。つまり、全国成績トップの3人を呼んできても、その3人の選んだ選択肢は全部違うおそれがある。(※2)

 今まで公開されていた分の試験問題にも、「えっ、何でコレが正解なの?」という問題は多数存在した。それは、こじつけとしか思えないような苦し紛れの解説(出版社が後で付け加えるもの)が添付されている問題集に見ることができる。しかし、厚生省(当時)が「コレが正解だ!」と言っている以上、ヘンな問題でも1点は1点で、それで泣き笑いが出たりするものだから、その「ヘン」な考え方に受験生は合わせなければならなかった。

 そういう意味で考えると、マークシートであるところは大学入試センター試験に酷似しているのだが、数学や生物といった試験科目よりも、むしろ現代文に似た感触を持った試験であるように思う。

※1 しかし、出題内容が不適切だったとされる問題については、採点除外されるため公開される。
※2 成績上位層の多くがが選んだ選択肢と、実際出題者が想定した正解肢が乖離する場合も、採点除外の対象になるという説がある。

Monday, December 06, 2004

近くの医者のようなもの

 「近医」と言う言葉がある。それは「バールのようなもの」と同じくらい正体不明な「国試用語」なのだが、それで小説を一つ書いてしまうほどの才能は私にない。そこで、おおかたは「初めて患者を診たものの、無効な医療をしてしまうヘボい医者」という意味で使われているのだろう、と下種の勘ぐりをしてみる。

 例を示してみよう。

96D-57(再現)
29歳の女性。一週前から発熱および咳嗽を認めたため近医を受診し、胸部X線検査によって肺炎と診断された。セフェム系抗菌薬を4日間投与されたが解熱せず、胸部X線写真で悪化が認められたため紹介されて来院した。紹介状によると、喀痰培養では正常細菌叢であった。体温39.4℃。呼吸数20/分。脈拍94/整。血圧106/64mmHg。血液所見:赤血球420万、白血球8000。血清生化学所見:総蛋白7.0g/dl。CRP 7.0mg/dl(基準0.3以下)。
 可能性の高い起炎菌はどれか。
(略)
[医学評論社 Approach5 '04より]

 まあ国家試験の問題をお作りになるような大先生方にしてみれば、紹介状を書いて病院に回してくるようなそこらへんの医者はみんな「近医」になってしまうのかも知れない。

 たとえばUSMLE STEP2あたりで、近医をformer physicianと表現するかというと、そういうことはあまり無くて、「セフェム系抗菌薬を4日間投与したが改善しない。次に処方すべきはどれか」というように、解答者の責任において無効治療を行っていたことを想定させる問題の書き方が多い。

 本国には医者の「仮免許」制度があり、一般大学を卒業してのちmedical schoolの2年次を終了した時点で、学生はある程度の診療行為を任されることになっている。一応日本にも同様の制度があることにはなっているが、様々な理由により実際に「やらせてくれる」ことはずっと少ない。ここにそうした違いがあることを見ることができる。

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 抗ガン剤や免疫抑制剤など、次世代の医薬品を天然物に求めることがある。そうした場合、たとえば富士山麓に生えているコケを片っ端から集めて有効そうな成分を抽出する、といった研究を行っている薬学者がいる。数名、多いときは数十名の学者が集まってフィールドワークを行い、何千種類というコケを集めてきたりするわけだが、その中で本当に薬として製品にできるのは一つあるかどうか、という世界である。

 ここで問題になるのは、仮に有効成分が見つかったとき、その成果を論文にまとめるときのことである。一つの方法は、その一つの有効成分を見つけてきた学者の名前を筆頭にして、仲良しグループだけが論文に名を連ねるというやり方。もう一つは、論文の見栄えは悪くなるももの山探しをした全員の名前を書くという方法である。

 前者には、「最初に見つけたものに優先権がある」という考え方、また後者には、「有効でないコケを(何千-1)種見つけてつぶしたからこそ、有効成分を含むコケを見つけることができたのだ」という考え方が隠れている。

 私などは後者の考え方に納得がいくほうで、「近医が無効治療をやってくれたからアンタが正しい診断にたどり着けるんだろっ」と思ってしまうのだが、これは「近医」への第一歩に違いない。。

Friday, December 03, 2004

「人を撃つと思わずに、動く標的をモノにするくらいの軽い気持ちで引鉄を落とす」

米陸軍、マシンガンを装備したロボット「Talon」を2005年導入へ[ITmedia]

 タイトルを見たときはネタかと思ったが、そのうち本当にロボットと人間が戦う時代がやってくるようだ。

 いわゆる「ハイテク戦争」の最大の問題は、兵士が「殺人を犯している」という自覚を持ちにくいことであるという。

 たとえば肉眼で見える標的を小銃で撃つのと、夜間暗視装置やサーモグラフィー越しに見える相手を撃ち倒すのとでは、後者のほうが圧倒的に精神的負担は少ない。

 軍隊が「いかに人間を効率的に殺すか」を追求する組織である以上、兵士の精神的負担を軽減することはその目的にかなうのである。

 戦争における「人殺し」の心理学では、南北戦争において、装填されていていつでも発砲できる状態にありながら、数多くの小銃がそのまま放棄されていた(すなわち、多くの兵士が発砲しなかった)という事例から、たとえ訓練された兵士であっても眼前の人間を殺すという行為が、精神的に非常な障壁を伴うことであることを導いている。

 America's ArmyをはじめとするPC上のビデオゲームを用いた訓練、スクリーン上の標的を実銃に近い感覚で射撃できるシミュレータ、そして赤外線による命中判定を利用した実戦訓練と言ったものを通して、「人を殺す」感覚に慣れさせると行ったことは現代の軍隊では普通に行われている。

 記事によると最終的な射撃の判断はまだ人間が行うことになっているようだが、果たして自分の生命を危険にさらさずして相手を撃てるとなった場合、その平気を操る人間がどのような心理状態に陥るのか。

 超えてはならない一線を越えてしまうような気がしている。

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 記事によるとロボットが装備するのはFN-MINIMIのようだが、どうしてもWestinghouseのM25 Plasma Pulse Gunを思い出してしまう。「ターミネータ」でシュワルツェネッガー演じる殺人マシーンが、銃砲店の親父に頼むが「お客さん、それは来週入荷だ、ニイさん銃に詳しいねぇ」とむべなく拒否されてしまうライフルである。シュワちゃんは仕方なく12ゲージのSPAS12か何かで我慢するのであった。