K協同病院での一件である。
4月19日のasahi.comによると、
「川崎市川崎区の川崎協同病院(堀内静夫院長)で98年、気管支ぜんそくから意識不明になった患者に、当時主治医だった医師が患者の気道を確保するための気管内チューブを取り外して筋弛緩(しかん)剤を投与し、「安楽死」させていたことが19日、わかった。病院側が記者会見して事実を公表した。患者本人の意思が明らかになっていなかったことなどから、堀内院長は「主治医の行為は安楽死ではない」との判断を示した。神奈川県警は、殺人容疑などを視野に捜査を始めた。」
とのことである。
国内では、安楽死は立法こそされていないものの、同記事にもあるとおり、「95年、執行猶予つきの有罪判決を下した横浜地裁は「積極的な安楽死が許される要件」として(1)患者に耐え難い肉体的苦痛がある(2)患者の死が避けられず死期が迫っている(3)苦痛を除くための方法を尽くし代替手段がない(4)患者本人が安楽死を望む意思表示をしている--の4要件を示した」という判例によって一つの指針が示されていたわけであり、今回はこれらの要件が明らかに満たされていたわけではない。とくに、(2)(3)のあたりは、第三者から見ても大いに疑問の残るところでは無かろうか。
その昔、「振り返れば奴がいる」というドラマがあった。その中で、病院一の名医である司馬光太郎(織田祐二)が、末期ガンの患者ササオカ氏に、「先生、オレもう長くないんだろ、そのときが来たらさ、一思いにやっちゃってくれないか」と懇願されるのである。
そこで司馬は「リビング・ウィル」の書類をササオカさんに作るよう勧めるが、その前にササオカさんは危篤状態に陥り、書面による意思表示のないまま司馬は塩化カリウムの注射筒を手にするのであった。
この一件を、対立する外科医の石川(石黒賢)によってマスコミへ暴露された司馬は、病院を去るのだが・・・。
医学部に入って、この脚本を書いた三谷幸喜もやはり重大な誤りを犯していることに気付いた。「リビング・ウィル」というのは、日本国内では任意団体の扱いで行われている運動であり、この書類にサインしたからと言って安楽死を行った医師が免責される、と言う保証はない。「単なる紙切れのせいで人生棒に振らないように」というようなことを教わった。
すなわち、どこの医学部でも基本的に「安楽死は御法度」と教えられているはずなのである。しかも、たとえ遺族側から不満の声が上がらずに、一件「皆が満足した」ように見えても(まずそんなことはあり得ないが)、いったん事が明らかになれば、このような医師を純粋に法・倫理の観点から告発しようとする組織は存在する。
すなわち、やる方にも相当な覚悟がいるはずなのである。
以前、京都の私立病院においても、院長が友人の苦しむ姿を見るに忍びず、筋弛緩剤を注射して死に至らしめるという事件が起こっているが、結局このときも刑事罰が下されることはなかった。
いつも思う事であるが、筋弛緩剤を大量に投与した場合の死因は呼吸筋麻痺による窒息であり、しかも中枢作用はほとんどない(つまり、意識清明なまま息が詰まってゆく)ため、患者には相当な恐怖と苦痛が伴うはずである。それを熟知しているはずのベテラン医師たちがなぜ、このような行動をとったのか。
「東海大安楽死事件」では、家族からのプレッシャーや想像を絶する多忙によりチームから孤立し、研修医がたった一人で重大な決断を迫られた事による「チームとしての医療の破綻」が問題であった、と結論付けられた。
そういえば昔、某大学の面接でも「君がもし患者の家族から、どうしても、と言われて安楽死を施すようせがまれたら、どうするかね」とうようなことを聞かれた覚えがある。そのときの私は、今から思えば大変に未熟であって、緊張も重なり、「いいえ、自分一人では決してやりません。たとえその家族が頼んだとしても、『患者の家族』というのには自分の目の前にいない人たちもいるわけで、その人たちからの文句が後日付く可能性もあるからです」というようないわばトンデモな答えをしてしまった。東海大安楽死とか、たいそうなことはちゃんと知識としてアタマの中にあったにもかかわらず、である。
少なくとも、法整備が進んでいない現在、私のように凡庸な医学生がとるべき道は、「とにかく安楽死はいけないんだ、そんなコトしたら自分の首が飛ぶし、病院にも先輩にもたくさん迷惑がかかるんだ」と自分を納得させて、10本でも20本でもチューブを差してでも決して「文句のでない」ような医療を目指すことなのだろう。(たぶん、入院31日目からは事務長から「文句」が出ることになるだろうが。)
「結局、自分の頭で考えてはいけない。」これが、医学部の中、そして今後の医療界で、賢く生き残る秘訣であるのだから。
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