この小隊に配属されてから2週間が過ぎた。
配属される前に受けた説明では、小隊の指揮はほとんど中尉が取り、私の仕事は補佐的なものだけだと聞いていたのに、実際には中尉も大尉も不在になることが多く、ひどいときは小隊すべての指揮を私が取らされることもあるのだ。
士官学校を出たての私にとって、軍曹からの指示要請が来るたびに胃と心臓が締め付けられる気分だ。
「少尉、前方500mに敵偵察分隊らしき影を発見しました。一体いかが処理しましょうか?」
「少尉、昨日設置した機関砲ですが、600発/分撃つ予定が寒冷のせいか、300発/分しか出ません。側面の機関銃斑をを2個に増員しますか?」
「少尉、C型糧食が尽きかけています。B、F、Gの各糧食はまだ5日分ほど持ちそうですが、本日から糧食を変更しますか?それとも大隊本部からC型を融通してもらいましょうか?」
くそ、勘弁してくれ。
もちろん、自分で決断が下せない事柄に関しては、その都度大尉に打電して指示を仰ぐのが正しいことはわかってる。大尉だって自身交戦中で、いつもすぐに返事がくる訳じゃない。
問題は、そういうことじゃないんだ。
軍曹連中は、この場面で何が一体正しい決断なのか、実は知っているんだ。機関銃だって寒くても油を差せば500発/分ぐらい撃てるし、C型が無いときは「A型非常食」で数日持たせるのが普通なんだ。そんなことはイヤというほど知っていながら、「将校の命令」というお墨付がほしいだけなんだ。
配属初日に起こったことを書こう。
「少尉、敵機動部隊らしき影が見えますが?」
「よし、・・・・・。第3分隊から1個斑、偵察に送れ」
「ハア?もう赤外線サーモグラフィー設置済みですが、1個斑、人員割くんですか?」
士官学校では、指揮官は下士官の報告や機器のデータを鵜呑みにせず、自らの目で戦況を確かめよ、と習った。もちろん私もそうした。野外教練の時間に習ったやり方で、相手に見つからないように目標点に近づき、何かが動く影を見つけた。野生動物かも知れなかったが、こんなところに絶対味方や一般市民がいるわけはないんだ。私は無線交信で大隊本部に緊急火力支援要請を行い、当該地点に迫撃弾を撃ち込むことにした。隣のF小隊にいた2年目の少尉がそうするようにアドバイスしてくれたのだ。
さて、やっとの思いで小隊指揮所に戻ってみると軍曹がこの一言だ。
「少尉、あなたがお持ちの擲弾筒では対処できなかったんですか?小隊からの火力支援要請となると、敵機動部隊確認ということになって私どもも大隊本部に書類を送らなければならないんですが。」
そうなんだ。この小隊では、過去ずーっと、そういうやり方をしてきたんだ。怪しい影が見えたら将校が40mm擲弾筒をドカンといって、一件落着。そこにいたのが鹿だろうが敵さんだろうが、それでとりあえず解決ということだ。
結局、「あなたが擲弾筒一発撃ってくだされば小隊は満足したんです」ということか。
だけど、「一兵たりとも敵の接近らしき徴候が見えたときは必ず大隊本部に連絡」というのが全軍通じての規則だったはずだ。そんなのが単なる紙の上のもんだった、というのを始めて知った。
今、ちょっとした迫撃砲の発射命令や、機関銃の射撃命令は私が出すようになってしまった。明らかに味方がいない方向へ、ちょっとした弾をぶち込むというのは、まあ雑用といってしまえばそれまでなんだが、軍隊というところは何でも将校の命令を必要とするものなのだ。
ときどき、「現在国籍不明の車両がこちらへ向かって接近中です、少尉!」といった、急ぎの報告が入ることがある。そんなときに限って前線の将校は私一人だ。急いで大尉との交信を試みつつも、乏しい知識から車両のシルエットが西側のものか、東側のものか引っ張り出しつつ、出来るだけ火力の小さい兵器を使って威嚇発砲させる。
発砲命令を受けた下士官/兵は、目標めがけて精一杯ぶっ放すだけだが、私はいつもガクガクと膝が笑うのを感じてしまう。
もし、あれが民間車両だったらどうなるのか?
きのうなんか、私の命令で銃撃を受けた車に近づいてみると、なんとそいつは民間仕様のランドクルーザーだったのだ。あのときは本当にピストルで自分の頭を撃ち抜こうかとさえ思った。しかしその後よく車内を調べてみると、AK47が数丁見つかった。結局は敵のゲリラ部隊の車だったのだが、今後あんな車が近づいてきたら、一体どうすればいいのかわからない。
明日から数日、休暇で大尉が部隊を離れる。中尉と私でこの小隊を分掌しなければならないのだが、私がつまらないことで一々中尉にお伺いを立てていたのでは、分隊レベルでの士気にも関わってくる。つまり、「この少尉が下した命令は本当に信じていいのか?」ということになるのだ。
何が「つまらないこと」で、何が「上官に報告すべきこと」なのか。まずそのことで心身をすり減らしてしまう。平和な士官学校の机の上で、前線で次々と決断を下していく将校になりたいと夢見ていたあのころが、今となっては懐かしい。
--
この文章はフィクションです。しかし、私が何を言いたいのか、わかる人たちにはわかる文章だと思います。
No comments:
Post a Comment