Wednesday, March 17, 2004

鍵穴考

 ここ数日間、日曜の出来事はやはり頭から離れない。さしあたり、盗んですぐに換金できそうなものはない。もっとも金をつぎ込んであるのは、まっさしくこの日記を書くのに使っているPCだが、これは私自身が命を吹き込んだマシンである。自作マシンを売るのではすぐにアシがつくし、バラせば単なるジャンクの集合体である。

 医学書を盗もうとしても、第一に重い。しかも私は金を出して買った書籍は徹底的に破壊しつつ自分のものとして咀嚼する主義なので、古本屋に売ったところで値が付かない。

 だが、あのときやはり部屋の中にいくらかの金があった。泥棒にとってはこの上なく魅力的な獲物である。もしあの朝気持ちよく目覚めたまま、どこかへ出かけてしまっていたら、それがごっそり持ち去られた可能性は高い。

 こういうことを書くと甚だしく非科学的で、厚労省のお役人の耳にでも入れば「貴様のような不埒なやつには医師免許などやらん!」と怒られそうだ。だが、あのとき歯が痛くなったのはひょっとして死んだ婆ちゃんが助けてくれたのではないのか、と私はそういう風に考えたりもするのだ。

 で、結局その歯だが、昨日歯科へいって、結局こういうことになった。このことについては、いずれ日を改めて書こうと思う。

 話をやや元に戻す。

 元に戻すと書いておきながらやや脱線するが、以前私は「暗号化」ということに興味を抱き、電子メールを暗号化するということについてどう思うか、と知人に打電しまくったことがある。今考えると、相当迷惑なこをとしたものであるが、最北の賢者から、次のような回答を頂いたことを覚えている。

 「私はメールを暗号化しようとは思わない。そもそも暗号化する価値をある情報をやりとりしないし、解読できない暗号はないと考えている。」

 そうだ。そのとおりである。

 今回自宅の錠前を破られ、ピッキングしにくい鍵へ交換してもらったわけだが、この錠前だって貫壁というわけではあるまい。その道のプロにかかれば、合う鍵がなくても解錠することは可能だろう。破られない錠前はない。

 しかるに、私の部屋が狙われるに値したと思われる要素が一つある。それは、同じ階にある、他の部屋のドアのうちいくつかは、その居住者が変わる際に管理会社が錠前を二つに増やす工事を施工している。私の部屋は、大学入学以来ずっと住んでいるため鍵が一つである。

 単位時間あたり発見されるリスクが同じだけあるならば、より短時間で侵入できるドアに挑戦するのは泥棒といえども当然の理屈だろう。つまり、よい錠前とは、「隣のドアよりも侵入に時間がかかる状態にする」ものであればよいのだ。

 暗号の話をすると、確かに破られない暗号というものはない。理論上、平文の暗号化が保証するのは「解読するのに膨大な時間を必要とすること」である。片っ端から適当な鍵を当てはめていけば、やがて暗号は破られるが、その鍵の組み合わせが莫大な数に上るというだけのことである。

 情報の多くは、ある時刻を過ぎると急激に価値が減少する。たとえば、「(日本時間、以下同様)1941年12月8日に、日本海軍は真珠湾を攻撃する」という情報は、1941年12月7日に米国がつかんでいれば非常に価値ある情報だが、12月9日にわかったとしても意味がない。(もちろん、議論上ハル・ノートの存在とかは無視して)

 さて、「法務省がプロバイダのメール保存義務を検討」という話がある。ここで問題なのは、保存したメールを扱うプロバイダが果たして信用できるのか、ということだ。某大手プロバイダから、もっとも流出に気をつけるはずの加入者情報が流出したのは記憶に新しい。

 私の部屋には、現在作成中の、担当患者についてのレポート資料もあった。個人情報に類するものに関しては、レポート完成後手回しのシュレッダーを用いて裁断することにしているが、今回物色されていれば、それが他人の目に触れる可能性もあった。

 そもそもあのシリンダー錠には自分として不安を抱いていただけに、「いや、鍵をかけていたのに盗まれるとは思いませんでした」という言い訳をする羽目にはなりたくない。自分のレポートを収めたワープロのファイルは、念のため全てGPGを用いて暗号化することにした。とはいっても、パスフレーズを抜かれれば秘密鍵も同じコンピュータ上にあるため、たいした防止策ではないが。

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